財政再建・財政構造改革を根本的に考えるには国は何をすべき?

国は何をすべきか

財政再建・財政構造改革を根本的に考えるには、国家財政は何をなすべきかという基本に立ち返った問題を考えなければならない。

極言して言えば、何でも国がやろうとするから、借金をしてでも国が行った結果、借金漬けになってしまった。ここで、国は何をすべきか、原点に立ち返った問いに答えなければならない。国家財政が行うべき行政サービスは、その便益が国家規模で及ぶものである。その理由は、国家以外の主体がそのサービスの担い手になれないものだからである。

例えば、外交、国防、公衆衛生、義務教育、そしてデジタル通信網など国家規模で便益が及ぶ社会資本の建設などである(ただし、道路、新幹線など便益が特定地域に限定する公共事業を国家財政がする必要は全くなく、それは地域ごとに地元住民の税負担ですればよいのである)。

さらに、必要があれば、全国民を対象とした個人レベルの所得格差の是正もある(ただし、後述するように、地域間や産業レベルの所得格差の是正は不必要である)。要するに、国家規模で国民から税金を徴収していながら、その国税を使った歳出が、ある特定の地域や産業にだけしか便益をもたらさない状況は、受益と負担が大きく乖離している(税金を負担している人と行政の便益を受けた人が全く異なる)状況なので、経済学の立場からは正当化できない。便益が特定の地域や産業にのみ及ぶ行政サービスにかかる歳出は、国家財政として行う必要が全くない。

その歳出は、地方自治体に移譲するか、民営化するか、廃止してしまうかのどちらかにすべきである。その際には、国が補助金をつけてする必要は全くなく、受益と負担が一致するように地元の地方税負担で支出すればよいのである。そうした意味でも、地方交付税の削減は、経済学の見地から支持できる。地方交付税が必要なのは、全国どの地域でも行政のナショナル・ミニマムを保障しなければならないからだ、とする意見もある。

しかし、この意見は地方交付税の必要性を正当化できない。なぜならば、全国どの地域でも行政のナショナル・ミニマムは、都市部でも地方部でも必要なのは同じなのに、地方交付税(厳密にいえば普通交付税)が配られているのは都市部の一部を除いた多くの自治体(特に地方部)だからである。公衆衛生や義務教育のように、全国どの地域でも必要ならば、地域を問わず差別なくナショナル・ミニマム分の財源を全額国が手当てすればよいだけのことである。その意味で国から地方への補助金を残す、ということなら意義はある。

しかし、財源不足の自治体だけに交付税を配り、財源に余裕のある自治体(東京都など)には交付税を配らないという現行の配り方(差額補填方式)の地方交付税は、差額補填方式をやめないなら、交付税制度自体を廃止すべきである(配り方を右記のように改善しても、その補助金を相変わらず「地方交付税」と呼ぶのなら、過去のネガティブなイメージを払拭する意味で改名した方が良い)。

ちなみに、国家財政が地域間・産業間所得再分配を行える状況にあるからこそ、国会議員が選挙区の支持者の利益のみを考えて、国税をあまり払わないのに国からの補助金をできるだけ多く分捕ってこようと躍起になるのである。

こうした行動は、しばしば小選挙区制のせいとされるが、それは本質的でないと考える。その本質は、国家財政で地域間・産業間所得再分配を行っていることである。もし、国家財政が国家規模で便益が及ぶ行政サービスのみを対象としたならば、小選挙区選出の国会議員とて、予算の分捕りを支持者が要求しても応じられなくなる。

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